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2012.05.27 Sunday 
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むしめがね
 「むしめがね」No.19を再読。

「むしめがね」は、四ッ谷龍さんの発行している俳句雑誌。No.19には、2つの特集が組まれているほか、四ッ谷龍さんの作品が収録されていて、今それを読み返しているところ。先に第二句集『大いなる項目』も刊行されていますが、合わせて読むとより面白い。

ここで、四ッ谷龍さんの作品について少し。

・龍さんの同じフレーズを使って何句も作るやり方は、永田耕衣のそれと似ている。

・これは、二人が自分のイメージする詩情を一人で構築しようとするために、結果としてそうなっているのではないか。

・このやり方の一方には、複数の作者による膨大な類想句の蓄積の上に秀句を現前させるやり方がある。フレーズではないが、下五のダメ押しが特徴の澤調というやつもその一例だろうか。

(一つの方向性が洗練されていく過程で相性のいいやり方がくりかえし採用されるのは、悪いことではない)

・それと同じように、「四ッ谷龍の俳句」らしいフレーズというのがある。ただし、「四ッ谷龍の俳句」の作り手は一人しかいないので、一人で何度もくりかえし使うことになる。

・ただし、耕衣が仏教用語を好むのに対し、龍は「オルゴール」「コアントロー」「サファイア」などのモチーフを好む。

・(また)構成の仕方は耕衣よりもベーシック。これまで俳句形式で培われてきたものを的確に引用しているし、言葉数も韻律を崩さないレベルに引き締めている。晩年の耕衣よりもずっと読みやすい。

(個人的なことだが、「澤」誌の特集記事執筆のために永田耕衣最晩年の五句集を一気読みしたら、体じゅうの細胞が変色したかのような感覚におそわれたのだ)

従来の俳句らしさを追求しない点で、四ッ谷さんの俳句にも、耕衣と似たような読後感があるので、比較しつつメモ。個々の作品の鑑賞はゆっくりやっていきたい。(ブログの記事を写真でごまかさず、俳句鑑賞をね)

あと、

・四ッ谷さんの俳句らしくなさは、同世代の俳人たちと比べられたとき、やや特異な位置にあるように感じられるかもしれない。

・その原因は、おそらく「昭和三十年世代」という言葉にある。

・最近の評論に「昭和三十年世代」はよく採用されているが、『現代俳句の海図』だけでその世代の俳人を全て網羅した気になるのは、どうか。(これは高山れおなさんがずっと前に書いているんですけれど)

・四ッ谷さんの俳句を読むたびになんとなく感じる、俳句の歴史が歪曲されている印象は。

いくつか思うところあり。やることが見えてきたっ。


2011.10.17 Monday 00:24
Ryu Yotsuya -
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2012.05.27 Sunday 00:24
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